

~ 聖書は信じるに値するか? No.15 ~
「福音書に書かれた内容は、信じるに足るものなのか?」
ということについて、お伝えしています。
ふつう、私たちは「聖書」=「歴史的な事実に、神話や伝説等が織り込まれたもの」という認識であるかと思います。
例えば「福音書」について言えば、イェシュアが多くの奇跡を行ったことや、処女から生まれたこと、
あるいは、そもそもイェシュア自体、歴史上、ほんとうに実在した人物なのか? などなど……、特にイェシュアについては、多くの疑惑が持たれているのが現状です。
今回は、このような点について、すこし角度を変えて、別の視点から眺めてみたいと思います。
この記事でご紹介している情報は、主に「ナザレのイエスは神の子か?」(リー・ストロベル著、いのちのことば社)からのものになります。
「さらに詳しく知りたい」という方で、本書を手にする機会がある方は、ぜひ、ご一読してみることをオススメいたします。




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聖書(福音書)は作り話? それとも歴史的事実?


【聖書は作り話?】敵対者が記録する「イェシュア像」

哲学博士。古代史の権威として、アメリカでもトップに数えられる。ヘブル語および、古代ギリシャ文化学で学士号を取得の後、ブランダイス大学から地中海学の修士号と博士号を取得。
「ラトガーズ研究委員会」「合衆国国立人文学基金」「アメリカ哲学学会」など8団体から特別研究員として迎えられている。
また「アラビア語」「中国語」「エジプト語」「ロシア語」「シリア語」「ウガリット語」「コマンチ語」等、22言語を学ぶ。
さらに、1968年、エルサレムにある「ヘロデ神殿の第1回発掘作業」に参加し、紀元70年頃の神殿崩壊の証拠を発見している。
特に「奇跡の話」や「処女降誕」などは、彼の権威を高めるための「作り話」と考えるのが、妥当なのではないか?

《 聖書に記された「奇跡の話」は作り話なのか?》
これはつまり、イェシュアのことを「偽のメシア」として拒絶した側の記録が残されていることを表しているわけです。
そして興味深いことに、ヤマウチ博士によれば、その中でイェシュアは、魔術を行う「偽のメシア」であり、正義が下されて死刑に処せられた、というふうに記録されているのだと言います。


ちなみに、彼が行った奇跡の一部を挙げると、以下のようなものがあります。
- 盲人の目を癒やし、見えるようにした。
- ろう者の耳を癒やし、聞こえるようにした。
- 寝たきりの中風患者を癒やし、歩いて帰らせた。
- クサリに繋がれ、気が触れたような状態の人を正気に戻した。
- 死後、4日経っていたラザロという青年をよみがえらせた。
- 湖の上を歩いた。

ちなみに「クサリに繋がれた男」のくだりでは、気味悪がった町の人々が、イェシュアに対し「この町から出て行ってほしい」と戸惑っている姿が描かれています。
また「盲人の癒やし」を認めたくないユダヤ教の指導者たちは、目の見えるようになった男を呼び出し、しつこく繰り返し、その経緯について尋問しています。
このように福音書には、彼の見せた ”常識では説明しようのない不可思議な行い” に対して、人々の戸惑うようすが、随所に記録されているのです。
そして、このような彼の行いゆえに、彼に従う弟子たちがあらわれ、周囲にはいつも群衆が取り巻き、嫉妬に駆られたユダヤ教の指導者たちによって「いわれのない罪」をきせられ、十字架刑へと向かう流れができていったわけです。

このように「魔術」と表現するしかないその不可思議な業について、彼と敵対していた側が記録しているという事実が、
聖書の中に記された奇跡の信憑性を、むしろ高めていると言えるのです。
《 聖書に記された「処女降誕」は作り話なのか?》

ヤマウチ博士は「タルムード」の中で、イェシュアは「ローマ兵」と「マリア」との間に生まれた子であるという話が繰り返されている、とも指摘しています。
「福音書」によれば、マリアはヨセフと結婚する前に「聖霊(神の霊)」によって、超自然的にイェシュアを身ごもったとされているのですが、
タルムードでは、どういうわけか「ローマ兵」が身ごもらせたことになっているのです。
イェシュアの権威性を失墜させる目的から「異邦人とのハーフ説」を用いた可能性も考えられますが、あるいは、
- イェシュアの容姿がヨセフとは似ても似つかなかった。
- ハーフであることを思わせるような独特の容姿をしていた。
などの特徴が、彼には見られたのかもしれません。
いずれにしても興味深いのは、イェシュアを否定している側である彼ら自身が、「ローマ兵」という表現を用いているとは言え、当時、イェシュアの出生に ”何らかの不自然な点” があったことを示唆しているという点です。
また、現代においては「代理母出産」が、めずらしいものではなくなってきました。

つまり、技術的な面では、今や人間ですら処女に身ごもらせることができるわけです。
このように、単に「処女降誕」などと聞くと「そんなバカな!」という思いがしますが、
代理母出産のことを考慮してみると、100パーセントあり得ないとは、言い切れないのではないかと思います。
聖書が主張するように、もし、私たちを創造した「クリエイター(=神)」が存在するならば、
霊的な方法で乙女に身ごもらせることなど、実際は、それほど驚くほどのことでもないのかもしれません。
【聖書は作り話?】そもそも「福音書」に信憑性はあるの?
気の遠くなるような年月を経る内に「伝説」や「ウワサ話」「作り話」「希望的観測」などに尾ヒレが付いて、あたかも実在した人物であるかのように作り上げられたのではないのか?

- 1世紀のユダヤ人歴史家ヨセフス(イェシュアに敵対していたパリサイ派の祭司)の文献。
- ローマ人の歴史家や政治家による文献(タキトゥス、小プリニウス)。
- タルムード(イェシュアを否定している側である、ユダヤ教の文献)。
- パリサイ派であり、かつてクリスチャンたちを迫害する側であったパウロによる書簡。
- 「クレメンス」「イグナティオス」「ポリュカルポス」「バルナバ」等、教父*たちによる手紙。
など、福音書に記される「主要な要素」のすべてを裏付けるような証拠は、数多く存在しています。
1~8世紀の初期キリスト教会の「神学的著作家」や「指導者」達のこと。
例えばヨセフスの残した文献「ユダヤ古代史」には…… 、
- 多くの者に「メシア」と信じられたイェシュアなる人物が、エルサレムで殉教(自己の信仰のために死ぬこと)したこと。
- ユダヤ教の指導者たちによってそそのかされたピラトの命令で、彼が十字架につけられたこと。
- 多くのユダヤ人たちや、少なからぬギリシャ人たちが彼に従ったこと。
などが記されています。
また、新約聖書には記録されていない事柄として「アナニヤ」という大祭司がローマ州総督の「フェスト(新約聖書にも登場する人物)」を介し、
イェシュアの兄弟「ヤコブ」とその他の人々を、律法を犯した罪で「石打ちの刑」に処すべきだとして引き渡したことなども書かれています。
ヤマウチ博士によれば……
「仮に「福音書」をはじめ、”イェシュアに関するキリスト教側の文献”が何もなかったとしても、上記のような資料を通して、新約聖書に記された重要な史実を見出すことは可能」だということです。
また博士は「そういった史実から、イェシュアの人生を描き出すことも可能だと思う」とも語っています。
このように、イェシュアについての記録は、新約聖書以外にも実際に複数存在するため、彼の存在自体を否定したり、疑問視するには、少々むりがあるように私には思われます。
【聖書は作り話?】ユダヤ人が回心し始めているという事実
聖書に精通した彼らが拒絶している一方、外部の者(= 私たち異邦人たち)が彼を信じているという ”矛盾したあべこべの状態” こそが「聖書」=「作り話」ということを表しているのではないのか?
しかし、このことは「神の壮大な計画」の一部であり「メシア預言の森*」で見てきたように、預言されていたことでもあるのです。
* 当ブログにて「メシア預言」を扱った7つの記事のこと。
実は現在、『ユダヤ教の指導者たちを困惑させるメシア預言【イザヤ書53章】』でご紹介したラピディス氏のように、
ユダヤ人でありながら、イェシュアをメシアであると認める、いわゆる「メシアニックジュー」と呼ばれる人々が、急速に増えていると言われています。
ストロベル氏も、今回とりあげている著書の中で、
「社会的に成功を収め、尊敬されているユダヤ人が、ラピディス氏と同じような軌跡をたどってイエスをメシヤと信じるに至ったという話は、枚挙にいとまがない」として、以下のような例をあげています。
■ アメリカの東海岸では名の知られたビジネスマンだったスタン・テルチン。彼は、自分の娘が大学でキリスト教という「カルト」に入りイェシュア(イエス)をメシヤとして受け入れたのをきっかけに、イエスに関する調査を始めるが、
彼自身の調査の結果、何と妻と下の娘までクリスチャンになってしまうという事実に圧倒される。後にテルチン自身もイエスを受け入れて牧師となり、その経験を書いた『背信!』は現在二十か国語に翻訳されている。
■ ジャック・スタンバーグ。アーカンソー州リトルロック市に住む、癌治療の分野では著名な医師である。
彼は旧約聖書にいくつかの問題点を見つけ、イエスがメシヤではないことを証明してほしいと三人のラビに持ちかける。しかし彼らはそれを証明することができなかった。こうして彼も、イエスの中にある完全性を見出すことになった。
■ ピーター・グリーンスパン博士は、カンザス・シティに住む産婦人科医兼ミズーリ大学カンザス・シティ医療学校の助教授。ラピディス氏同様、グリーンスパン博士もユダヤ教の中にイエスを探すよう、他の人物から薦められる。
自分の調査結果に困惑し、イエスがメシヤではない証拠を探そうと、トーラーとタルムードを読みはじめた博士がそこに見つけたのは、イエスが旧約の預言を成就しているという驚異的な事実であった。
「ナザレのイエスは神の子か?」
リー・ストロベル著、いのちのことば社
このように、イェシュアが預言されていた「メシア」だと気づきはじめたユダヤ人たちが、まだ全体としては少数派ではあっても、出はじめているのです。


つまるところ、イスラエルの民が彼を拒絶している事実こそが、むしろ「聖書」=「作り話」でないことを証明していると言えるのです。
ユダヤ人は彼をメシアとして受け入れまいとして殺したが、そのことによって彼にメシアとしての究極のしるしを与えた。
そして彼を否認しつづけることを通じて、非の打ちどころのない証人となった。そして彼を殺し、彼を否みつづけることによって、彼らは預言を成就した。
『パンセ(中)』 パスカル 著 塩川徹也 訳 岩波文庫
【聖書は作り話?】研究の末に博士の出した「結論」とは?
では最後に、今回ご紹介したヤマウチ博士と、”あらゆる学派を超え、世界中の神学者や研究者から最高の支持と尊敬を受けている” と、
著書の中で評されている、メツガー博士の「研究の結論」的な言葉をご紹介して、終わりにしたいと思います。
まず、ヤマウチ博士は、
40年にわたり「古代史」や「考古学」を研究してきた結果、歴史的な証拠によってイェシュアに対する信頼は、さらに強められたとし、また「未解決の問題」も、福音書や他の新約聖書の文献に対する絶対的な信頼を揺るがすことはない、と結論づけています。
一方「新約聖書を徹底的に調べてきたことが、自身の信仰にどう影響したか?」という著者ストロベル氏の問いに対して、
ヤマウチ博士と同様、何十年にもわたって研究を続けてきたメツガー博士は、以下のように答えています。
「新約聖書が今日までしっかりと受け継がれてきた事実、圧倒的な写本の多さ、そして大変古い時代の写本があるという事実を得て、私の信仰の基礎はさらに強固なものとなりましたね」
「研究は私の信仰を育ててくれました。私はこれまで、質問という質問を自らに問いかけ、新約聖書をむさぼり読み、隅から隅まで調べ上げました。そして今は自信を持って、イエスに対して揺るぎない信頼を持っていると申し上げられます」
「ナザレのイエスは神の子か?」
リー・ストロベル著、いのちのことば社
哲学博士。プリンストン大学で学士号と修士号、プリンストン神学校で修士号を取得。
また、スコットランドのセント・アンドリュース大学やドイツのミュンスター大学、南アフリカのポッチェフストルーム大学等、5校を超える大学から名誉博士号を贈られている。
著作および編集に携わった書籍は50冊を超える。
まとめ
- ユダヤ教の聖典「タルムード」の中では、イェシュアの奇跡を否定するどころか、むしろ ”理屈では説明できない何らかの超自然的な行い” を行ったことが、示唆されている。
- 同じく「タルムード」の中には、イェシュアの出生に何らかの不自然な点があったと解釈できるような記述が見られる。
- 「福音書」の主要な内容を裏付けるような古代文献は数多く存在しており、キリスト教側の文献が何もなかったとしても、新約聖書に記された重要な史実を見出すことは可能である。
- 約2000年にわたり、イェシュアを否定してきたユダヤ人たちであるが、近年、彼をメシアとして認める「メシアニックジュー」と言われる人々が急速に増えている。
- ヤマウチ博士やメツガー博士らが証言するように「福音書」とは、”科学的な調査や研究”、また ”考古学的な発見” によって揺るがされるどころか、逆にその記述が裏付けられ、より信頼性のある書物と言えるようになってきている。
いかがだったでしょうか?
今回は前回の記事に引き続き、福音書の信憑性について見てみました。この記事の内容が、みなさんの「聖書に対する見方」を変える一助となれば幸いです。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!

『あんな分厚い聖書のどこが面白いの? 知らなきゃ損する4つの魅力』へは、下のリンクから……💤
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