メシア誕生の時期を預言する、ダニエル書70週の預言

居眠りしている羊(右向き)眠れる羊くん
この記事の内容を簡略化したものを、動画で観ることもできるよ♪




聖書を信じる羊(右向き)K
【真理探究の旅】
~ 聖書は信じるに値するか? No.9 ~


この記事では、

「メシアの誕生時期を予告した『メシア預言』」について、詳しく
お伝えしています。


「メシア預言」の驚くべき点の1つは、彼の誕生する年が、かなり具体的な形で予告されていることであり、さらに、イェシュアの生涯がその年にピタリと符合する点です。



注目すべきは、この誕生時期の預言が記された「ダニエル書」が、イェシュアを否定している側である「ユダヤ人」の手によって書かれたということです。

つまり、クリスチャンの側が、自分たちに都合のいいように記したものではなく、むしろイェシュアを否定している側の人間が書いたものであるがゆえに、
かえって信憑性があるのです。



巨大な木のウロの中で夜を明かしながら、もう幾日、歩き続けたことでしょう。


いつしか、倒木だらけの荒涼とした景観は姿を変え、堂々たる大樹の間から、強烈な日の光が射し込む、生命力にあふれた森がひらけてきました。


目の前には太陽の光を受け、キラキラと輝く清流が広がっています。


森全体を包み込むような せせらぎの音、心なごませる鳥たちのさえずり、ゆるやかな流れの中で憩う魚たち、喉を潤す氷のように冷たい水。


さあ、それほど深くはなさそうです。この川を渡って、さきへと進みましょう。



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この記事に登場する聖句は、ぜ~んぶ「新共同訳」
だよ。


からだに必要なもの、全部入り。BASE FOOD

※栄養素等表示基準値に基づき、脂質・飽和脂肪酸・n-6系脂肪酸・炭水化物・ナトリウム・熱量を除いて、すべての栄養素で1日分の基準値の1/3以上を含む。

「ダニエル書」に登場する、預言者ダニエルとは?

ダニエル書の中のエピソードである、獅子のいる穴に投げ込まれたダニエルの絵画。



ダニエルは、BC6世紀ごろに生きた預言者とされており、その名は、ヘブライ語で「神は審判者」を意味します。


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BCって何だっけ……。


おさらい  

BCBefore Christ(”キリストより前”の意味)で紀元前をあらわす。
ADAnno Domini(”主の年に”の意味)で紀元後をあらわす。



ダニエルの生きた時代は、南北に分裂したイスラエルの、南の王国である「ユダ王国」がバビロニアによって滅ぼされ、バビロンに捕囚されていた時代でした。


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「捕囚」ってのは、捕まえられて、強制的に他国へと連れて行かれちゃうことなんだって。コワイ……💧



聖書によれば、バビロン王は、


「イスラエル人の王族と貴族の中から、体に難点がなく、容姿が美しく、何事にも才能と知恵があり、知識と理解力に富み、宮廷に仕える能力のある少年」


を連れてこさせ、自分に仕えさせるべく、自国の言葉と学問を学ばせました。
ダニエルは、その中の1人でした。


ダニエル書を読むと、彼の「神に対する信頼」は非常に厚く、バビロン王からも高く評価されていたことが分かります。


補足  

ちなみに「ダニエル書」は、イェシュアが生まれる、約550年ほど前に、このダニエルによって記されたと考えられていますが、”後代になってから書かれた” と主張する人々もいます(ただ、その説でもBC2世紀ごろ)。

しかし間違いなく言えることは、福音書の中でイェシュア自身がこの「ダニエル書」の、しかも「70週の預言」についての箇所を引用している場面があることから、

少なくとも、イェシュアの時代以前には、この「ダニエル書」がすでに存在していたということです。


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気になる方は、下の根拠も参考にしてみてね。


【ダニエル書がダニエルの時代(BC6世紀)に書かれたと考えられる根拠】

・ヘレニズム期に書かれた文書を聖典と認めなかったユダヤ教の聖典に「ダニエル書」も収められていることから、当時のユダヤ人たちも、この書がBC2世紀より、十分前に書かれたものだとしていたことが分かる。

・BC6世紀に書かれたことが確実視されている「エゼキエル書」に、ダニエルについての言及が3回あることから、その時代、ユダヤ人たちの間でダニエルが、かなり名の知れた人物であったことが伺われる(重要な預言を残した人物として、ふさわしいと言える)。

・ダニエル書 8:2に「エラム州の都スサ」と記されているが、BC2世紀頃のギリシャやローマの歴史家たちは、ペルシア時代「スサ」は新しく制定されたスシアナ州に属している、と述べている。
このことから、ダニエル書を記したのは ”スサがエラム州に属している” ことを知っていた人物であり、それは、ペルシャ時代以前のカルデヤ人の時代――BC6世紀ごろの状況を知っていた者であると考えられる。

※ 参考:「キリスト教 読み物サイト Remnant」「Wikipedia」




「ダニエル書」は、メシア誕生の時期を告げる重要な預言書

開かれた聖書に記された、ダニエル書。



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じゃあ、実際にダニエル書の中にある、
「70週の預言」と呼ばれているものを見てみよう。



「ダニエル書70週の預言」の本文


居眠りしている羊(右向き)眠れる羊くん
以下が、ダニエル書の9章にある「70週の預言」の抜粋です!



24 お前の民と聖なる都に対して
七十週が定められている。
それが過ぎると逆らいは終わり
罪は封じられ、不義は償われる。
とこしえの正義が到来し
幻と預言は封じられ
最も聖なる者に油が注がれる。

25 これを知り、目覚めよ。
エルサレム復興と再建についての
御言葉が出されてから
油注がれた君の到来まで
七週あり、また、六十二週あって
危機のうちに広場と堀は再建される。


26 その六十二週のあと油注がれた者は
不当に断たれ
都と聖所は
次に来る指導者の民によって荒らされる。
その終わりには洪水があり
終わりまで戦いが続き
荒廃は避けられない。

27 彼は一週の間、多くの者と同盟を固め
半週でいけにえと献げ物を廃止する。
憎むべきものの翼の上に荒廃をもたらすものが座す。
そしてついに、定められた破滅が荒廃の上に注がれる。



ダニエル書 9:24~27(旧約聖書)



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26節の途中から、世の終わりの預言(終末預言)へと移ってしまうので、今回は、それより前の部分に注目してね。



「ダニエル書」が告げる70週の意味とは?


24 お前の民と聖なる都に対して
七十週が定められている。
それが過ぎると逆らいは終わり
罪は封じられ、不義は償われる。
とこしえの正義が到来し
幻と預言は封じられ
最も聖なる者に油が注がれる

ダニエル書 9:24



24節にある「お前の民」とは「イスラエルの民」のことを、「聖なる都」とは「首都エルサレム」のことを指しています。



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「お前」と呼ばれているのは、もちろんダニエルのことだよ。




70週の「週」は、原語(ヘブライ語)では「シャーブイーム」で、「7」を意味する言葉です。


この言葉は「7日」を意味する場合もあるし、「7年」を意味する場合もあるそうですが、ダニエル書全体の文脈から判断すると、後者であると考えられます。

つまり、日本語で「70週」と翻訳されている言葉は、
70 × 7年 = 490年、と解釈できるわけです。



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「油を注ぐ」ってのは、たしか、”王や祭祀を任命する行為” なんだよね。




ここまでを整理すると……、

この70週がすべて過ぎ去ると、メシアが王となって、とこしえの正義が到来し、もはや「幻」も「預言」も必要なくなる時代に入る、ということが預言されているわけです。


補足 

「最も聖なる者」の部分は、King James訳では「the most Holy」となっており「至聖所(神殿の奥にある、最も大切な部屋のこと)」とも解釈できる。



「ダニエル書70週の預言」から導かれるメシア誕生の時期


エルサレム復興と再建についての
御言葉が出されてから
油注がれた君の到来まで
七週あり、また、六十二週あって
危機のうちに広場と堀は再建される。

ダニエル書 9:25


ここでは、エルサレム再建命令が出されてからメシアが登場するまで、7週と
62週がある
と預言されています。



Point 

7週 + 62週 = 69週

聖書では、1日を1年に換算して考えるので……、
69週 × 7年 = 483年


あの土地を偵察した四十日という日数に応じて、一日を一年とする四十年間、お前たちの罪を負わねばならない。

民数記 14:34(旧約聖書)

その期間が終わったら、次に右脇を下にして横たわり、ユダの家の罪を四十日間負わねばならない。各一年を一日として、それをあなたに課す。

エゼキエル書 4:6(旧約聖書)



話の背景として……


バビロニアによって「ユダ王国」は滅ぼされ、捕囚されてしまったわけですが、やがてバビロニアは「ペルシア」によって、滅ぼされてしまいます。


このペルシア王が、ユダヤの人々にとって寛容的な政策をとった為、彼らは祖国への帰還と再建を許される運びとなったのです。



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ただ、この70週の預言の起点ともなる「再建命令」には、以下のように複数の候補があるんだ。


①  ペルシアのキュロス(クロス)王による、再建命令(BC538年)
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ちなみにイランの人たちは、このキュロス王を「イランの建国者」として称えているんだって!

ペルシアの王キュロスの第一年のことである。主はかつてエレミヤの口によって約束されたことを成就するため、ペルシアの王キュロスの心を動かされた。キュロスは文書にも記して、国中に次のような布告を行き渡らせた。

「ペルシアの王キュロスはこう言う。天にいます神、主は、地上のすべての国をわたしに賜った。この主がユダのエルサレムに御自分の神殿を建てることをわたしに命じられた。

あなたたちの中で主の民に属する者はだれでも、エルサレムにいますイスラエルの神、主の神殿を建てるために、ユダのエルサレムに上って行くがよい。神が共にいてくださるように。 

すべての残りの者には、どこに寄留している者にも、その所の人々は銀、金、家財、家畜、エルサレムの神殿への随意の献げ物を持たせるようにせよ。」

エズラ記 1:3~4(旧約聖書)

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

そこで、ダレイオス王により命令が出され、バビロンにある記録保管所が調べられ、メディア州の都エクバタナで一つの巻物が見つかった。それには、このように記されていた。

「覚書。キュロス王の第一年、キュロス王、勅令を発布。エルサレムの神殿、いけにえをささげる場所として、以前の基礎を保ったまま、神殿は再建されなければならない。

建物の高さは六十アンマ、間口は六十アンマとする。切り石の列を三段置き、木材の列を一段置く。費用は国庫負担とする。

更に、ネブカドネツァルがエルサレムの神殿から取り出して、バビロンに持って来た神殿の金銀の祭具類は返還され、エルサレムの神殿にある元の場所に戻されなければならない。それをその神殿に納めるようにせよ。」

エズラ記 6:1~5(旧約聖書)

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このとき再建されたのは「神殿」だけで、町の再建までは手がつけられなかったんだ。
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つまり……、25節にあるような「町の広場」なんかは再建されなかったってことね。
②  ペルシアのアルタクセルクセス王による、エルサレムへの帰還と
   再建の許可(BC457年)
イスラエルに対する主の戒めと掟の言葉に精通した、祭司であり書記官であるエズラに、アルタクセルクセス王は親書を送った。以下はその写しである。
「諸王の王であるアルタクセルクセスは、天にいます神の律法の書記官、祭司エズラに心からの挨拶を送る。
さて、ここにわたしの命令を明記する。わが国にいるイスラエルの人々、祭司、レビ人でエルサレムに行くことを望む者はだれでも、あなたと共に行ってよい。

(中略)

エズラよ、ゆだねられた神の知恵によってあなたは治める者と裁く者を任命して、ユーフラテス西方のすべての民、あなたの神の律法を知るすべての者を治めさせ、律法を知らない者にはあなたたちは教えを授けよ。

(後略)

エズラ記 7:11~26(旧約聖書)

③ ペルシアのアルタクセルクセス王による、エルサレムと城壁の再建許可
 (BC445年)

 

聖書を信じる羊(右向き)K
当時、都は外敵の攻撃から守るため、城壁で囲まれていたんだよ。


アルタクセルクセス王の第二十年、ニサンの月のことであった。王はぶどう酒を前にし、わたしがぶどう酒を取って、王に差し上げていた。わたしは王の前で暗い表情をすることはなかったが、王はわたしに尋ねた。

「暗い表情をしているが、どうかしたのか。病気ではあるまい。何か心に悩みがあるにちがいない。」

わたしは非常に恐縮して、王に答えた。

「王がとこしえに生き長らえられますように。わたしがどうして暗い表情をせずにおれましょう。先祖の墓のある町が荒廃し、城門は火で焼かれたままなのです。」

すると王は、「何を望んでいるのか」と言った。わたしは天にいます神に祈って、王に答えた。

「もしも僕がお心に適い、王にお差し支えがなければ、わたしをユダに、先祖の墓のある町にお遣わしください。町を再建したいのでございます。」

王は傍らに座っている王妃と共に、「旅にはどれほどの時を要するのか。いつ帰れるのか」と尋ねた。わたしの派遣について王が好意的であったので、どれほどの期間が必要なのかを説明し、更に、わたしは王に言った。

「もしもお心に適いますなら、わたしがユダに行き着くまで、わたしを通過させるようにと、ユーフラテス西方の長官たちにあてた書状をいただきとうございます。

また、神殿のある都の城門に梁を置くために、町を取り巻く城壁のためとわたしが入る家のために木材をわたしに与えるように、と王の森林管理者アサフにあてた書状もいただきとうございます。」

神の御手がわたしを守ってくださったので、王はわたしの願いをかなえてくれた。

ネヘミヤ記 1~8(旧約聖書)

④ ペルシアのダレイオス王による、神殿の再建命令(BC519・518)

このアルタクセルクセス王の公文書の写しは、レフム、書記官シムシャイおよびその仲間の前で朗読された。

彼らはエルサレムにいるユダの人々のもとに急いで行き、強引に武力で工事を中止させた。そのときから、エルサレムの神殿の工事は中断されたまま、ペルシアの王ダレイオスの治世第二年にまで及んだ。

エズラ記 4:23~24(旧約聖書)

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

(前略)

「それゆえ、ユーフラテス西方の長官タテナイとシェタル・ボゼナイ、およびその仲間であるユーフラテス西方の巡察官たちは干渉をやめ、その神殿の工事をさせることにせよ。

ユダの長官と長老たちは、かつて神殿があった場所にその神殿を再建しなければならない。この神殿を建てるために、あなたたちがそのユダの長老たちを援助することを、わたしは命ずる。

(中略)

この命令をあえて犯し、エルサレムにあるこの神殿を破壊しようとする王や国があれば、そこを御自分の名の住まいとされた神が、一人残らず滅ぼされるように。わたしダレイオスが、この命令を下す。命令どおり実行せよ。」

エズラ記 5:1~6:12(旧約聖書)




今回ご紹介する説は、②のBC457年に出された再建命令を起点とした説です。


あくまでも1つの説にすぎませんが、注釈の中で書いたように、

①(BC538年)の時は「神殿」が再建されたのみでした。
預言では「エルサレム復興と再建についての御言葉が出されてから」となっていることを考えると、



本格的な都の復興がはじまった、②(BC457年)を起点と考えた方が自然なのかな、という感じもします。

この②を起点とした場合、483年後のAD26年が「メシアの誕生年」ということになります。



そして、このAD26年は、イェシュアがちょうど「バプテスマ(洗礼)」を受けたとされている年なのです。



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バプテスマって、水の中に身をザブンと沈める、
あれのこと?


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うん。”神と共に生きてゆく”ことに対する「意思表示」や「新生」などの意味があるんだよ。



実は、イェシュアが公に「メシア」としての活動を行ったのは、このバプテスマを受けてから、十字架刑で亡くなるまでの、わずか3年半に過ぎません。


つまり、バプテスマを受けた際に彼は「メシア」として誕生した、と捉えることができるわけです。


異説として、BC445年の ”エルサレムの城壁の再建命令” を起点とし、
1年を360日とする「ユダヤ暦」を用いて計算する説もありますが、


  • 「うるう月」が考慮されていない点。
  • 「メシアの誕生」がAD32年になってしまう点(イェシュアの十字架刑はAD30年が有力とされている)。

など問題があります。


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ちなみに「BC・AD」で表される「西暦」は、ローマ帝国時代に定められたものなんだけど、計算ミスがあり、実際のイェシュアの誕生年とは、数年のズレがあると言われているよ。



【ダニエル書】7週と62週に分けられている意味とは?


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メシアさんが誕生するまでの69週は「7週」と
「62週」に分けられてるけど、何か意味あんの?


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解釈の仕方としては、以下のような2つの説があるよ。



「エルサレム復興と再建についての御言葉」を ”BC457年のイスラエル再建命令” とした場合、49年後(7週)とは、BC408年に当たります。


これはちょうど、旧約最後の預言者であるマラキが活躍した時代に当たり、


これ以降、イェシュアの時代に「バプテスマのヨハネ」という預言者が登場するまでの間、ユダヤでは力ある預言者が途絶えてしまいます。


その為、この「預言者マラキ」~「バプテスマのヨハネ」および
「イェシュア」が登場するまでの約400年間を「沈黙の400年」と呼ぶこともあります。


それゆえ、旧約最後の預言者「マラキ」による最後の預言と幻までの49年間(7週)が、1つの重要な節目として区切られているのだとする説があります。


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旧約聖書内においても「マラキ書」は、カトリック・
プロテスタント・正教会、ともに最後に配置されているよ。


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ユダヤ教の方でも「マラキ書」ってのは、預言書の中の最後に配置されてるんだってさ。



そして、BC408年から、イェシュアがバプテスマ(洗礼)を受け、公生涯*をはじめた「AD26年」までの434年間が「62週」に当たるとされています。

   * 公生涯(こうしょうがい)? 

イェシュアが、実際にメシアとして民衆に教えを伝える活動をしたのは、
30歳からの約3年半という期間にすぎなかった。この3年半のことを
「公生涯」と呼んでいる。



ここで、勘の良い方は、ある1つの矛盾に気付かれたかもしれません。


それは、先ほどの計算で、イェシュアが活動を開始した年として算出された「AD26年」に対し、彼が実際に活動を開始したのが、30歳からだと指摘した点です。


西暦がイェシュアの誕生を起点としているのであれば、当然、「AD26年」において、彼は26歳であるはずです。

   POINT!

西暦を表す「AD」= ラテン語で「Anno Domini(主の年に)」という意味



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ちなみに、ルカによる福音書3:23に記述があることから、彼が30歳で活動を開始したのは明らかです。


居眠りしている羊(左向き)眠れる羊くん
この矛盾を解くカギは、ある1人の神学者が握っているんだって!



実は、今私たちが使っている西暦というのは、イェシュアの誕生から500年以上も経過した時代に、ローマの神学者、ディオニュシウスによって計算されたものが、元になっています。


しかし現在では、彼の算出した年代と、実際のイェシュアの生年には「4年のズレ」があるとされており、紀元前(B.C)4世紀に生まれたとする説が、有力視されています。

そして、この「4年のズレ」を考慮すると、彼がバプテスマを受けたと考えられる「AD26年」において、彼は30歳であった計算となり、ひとまず、矛盾はなくなります。



聖書を信じる羊(右向き)K
もうひとつの説として、
はじめの7週(49年間)は、エルサレム再建に要した期間だとする説もあるよ。




【ダニエル書】残された「最後の1週」とは?



「油注がれた君」であるメシアの到来までが「7と62週」で「69週」ですから、まだ1週残っているわけです。


24節をもう一度見てほしいのですが、そもそもこの「70週の預言」は、
”お前の民と聖なる都” に対して預言されたものでした。

24 お前の民と聖なる都に対して
七十週が定められている。

それが過ぎると逆らいは終わり
罪は封じられ、不義は償われる。
とこしえの正義が到来し
幻と預言は封じられ
最も聖なる者に油が注がれる。


ダニエル書 9:24(旧約聖書)



つまり「イスラエルの民とエルサレム」に関する、何らかの”1週(7年)にわたる期間” が、まだ残されているということです。

一部のクリスチャンたちは、この最後に残された「1週(7年間)」は、いま現在もまだ成就されておらず、今後、展開されていくものだと解釈しています。


居眠りしている羊(右向き)眠れる羊くん
最後の1週だけ、まだ残ってる!?
どういうこと???


私自身も、この説を取っていますので、”あくまでも1つの説” であることを踏まえて、もうすこし詳しく見てみましょう。


【今のイスラエルは ダニエル書の70週が過ぎた状態とは言い難い】


さきほど見たように、この預言は「イスラエルの民とエルサレム」に対してなされたものでした。


24節によれば、この「70週」が過ぎると「逆らいは終わる」とされています。

24 お前の民と聖なる都に対して
七十週が定められている。
それが過ぎると逆らいは終わり
罪は封じられ、不義は償われる。
とこしえの正義が到来し

幻と預言は封じられ
最も聖なる者に油が注がれる。

ダニエル書 9:24(旧約聖書)




ところが、今現在のイスラエル民族(ユダヤ人)たちは、2000年前と変わらず、イェシュアがメシアであることを拒絶したままであり、神に逆らった状態が続いているのが現状です。


また彼らは、”メシアをまだ待っている状態” なわけですから、すでに「罪は封じられ、不義は償われた」とは言えません。


それらを成すのは「メシア」の役目だからです。


さらに「とこしえ(永遠)の正義が到来」したとは、どう考えても言えない状態でしょう。


【ダニエル書の預言には明らかに「終末」の要素が含まれている】


26節を見ると、メシアが断たれた後、都は荒らされ、
「その終わりには洪水があり、終わりまで戦いが続き」と記されています。


26 その六十二週のあと油注がれた者は
不当に断たれ
都と聖所は
次に来る指導者の民によって荒らされる。
その終わりには洪水があり
終わりまで戦いが続き

荒廃は避けられない。

ダニエル書 9:26(旧約聖書)



聖書を信じる羊(右向き)K
ちなみに 聖書全体における言葉の使われ方を見た場合、「洪水」は文字通りの「洪水」とする他に、軍隊を象徴しているとする説もあるよ。

             * 参考:ダニエル書 11:22


聖書預言において「終わり」と言えば、「この世の最後の期間」を指しています。


「最後」と言っても、人類が滅亡してしまうわけではなく、これまでの「偽りと不正に満ちた世の秩序」が大転換を起こす、ということを意味しています。

また、「終末預言」を扱う際に詳しく見ますが、続く27節も、明らかに終末に関しての記述です。

要するに、70週の預言における「最後の1週」は、どう考えても「世の終わり」に関する記述なのです。



【ダニエル書 | 神のタイムテーブル通り、歴史は再び動き出す】


ユダヤの人々が、イェシュアを「磔刑(たっけい)」という形で拒絶してから、わずか数十年後のAD70年に、首都エルサレムにあった神殿は、ローマ帝国軍によって破壊されてしまいます。


そして、ユダヤ人たちは世界中に散らされ、約2000年もの間、国を失った状態となってしまいました(いわゆる、ディアスポラ)。


その後、彼らが方々で迫害され、どれほど困難な道をたどってきたかは、歴史が記しているとおりです。


聖書を信じる羊(右向き)K
これは、イスラエルの人々が「約束されていたメシア」を拒絶してしまったことが原因だと考えられているんだ。



「70週の預言」は、”イスラエルの民と都エルサレム” に対して定められたものですが、

数千年もの間、肝心の「イスラエル民族」が国を失い、エルサレムから離れ、世界中に離散した状態だったわけです。


さまざまな経緯を経て、1948年にイスラエルは再建されましたが、現在、神殿の丘にイスラム教の「岩のドーム」が建てられている関係で、神殿は未だに再建できずにいる状態が続いています。


そこで1つの説として、69週――つまり「油注がれた君の到来」ののち、”神のタイムテーブル(予定表)” は、あたかもストップウォッチを押したかのごとく、いったん停止状態となっており、


彼らがイスラエル、および神殿を再建した後「ある出来事」をきっかけとして、再びタイムテーブル通りに歴史が動きはじめる、と考えられています。



居眠りしている羊(右向き)眠れる羊くん
ある出来事??


聖書を信じる羊(左向き)K
そう。その出来事こそが27節にある、
「多くの者との同盟」だとされているんだ。


27 彼は一週の間、多くの者と同盟を固め
半週でいけにえと献げ物を廃止する。
憎むべきものの翼の上に荒廃をもたらすものが座す。
そしてついに、定められた破滅が荒廃の上に注がれる。

ダニエル書 9:27(旧約聖書)



聖書を信じる羊(右向き)K
27節を理解するためには、新約聖書にある「ヨハネの黙示録」を知っておく必要があるから、今の時点では何となく「そうなんだ」と思っててくれれば良いよ!


居眠りしている羊(左向き)眠れる羊くん
そこらへんは「終末預言シリーズ」にて、だね。


まず、「彼」とは、終末に登場すると預言されている「ある1人の独裁者」だと考えられています。


また、「多くの者」は、「多くの国々」もしくは「イスラエルの民」だと解釈されています。

つまり、世界的な独裁者が世に登場し、彼と「多くの国々」もしくは、彼と「イスラエルの民」が、7年間におよぶ何らかの契約(現代でいえば条約か?)を結ぶことが、「ある出来事」だと言えます。




その国際的な条約が締結された瞬間、神のタイムテーブルに従って、ストップウォッチがカウントを再開しはじめるわけです。


ちなみにクリスチャンたちの間では、この最後の7年間のことを俗に
「艱難時代(かんなんじだい)」と呼んでいます。


以上、見てきたように、ダニエル書にある「最後の1週(7年)」は、終末になって成就される、と考えることができるわけです。


【おまけ】「ダニエル書70週の預言」異説

ダニエル書にある70週の預言を紐解くために必須である計算機。



聖書を信じる羊(右向き)K
以下は、 Kingdom FellowshipのDrルークさんの動画からの情報だよ。


居眠りしている羊(左向き)眠れる羊くん
この【おまけ】は、数字がたくさん登場するんで、
興味のある人だけ読んでだってさ。
ヨッシャ、ドンと来い!



69週 = 483日 = 483年(聖書では1日を1年に換算する為)。

聖書は、イスラエル民族に対して啓示されたものなので、この説では上記の483年を「ユダヤの暦による年数」だと考える。

ユダヤ暦では1年 = 360日としているので、

483年 × 360日 = 173880日となる。


聖書を信じる羊(右向き)K
つまり、ユダヤ暦で言うと、
「69週」とは、173880日ってことだね。



一方、現在私たちが使っているのは「太陽暦」であることから、こちらに変換する必要があります。

太陽暦では1年 = 365.2422日なので、さきほどユダヤ暦で出した「69週の日数」を太陽暦に換算すると……、

173880日 ÷ 365.2422 = 476.06766……となる。
小数点以下を切り捨て、

476年 × 365.2422 = 173855.2872日となる。

ユダヤ暦の日数からこの数字を引くと、

173880日 - 173855.2872日 = 24.7128日と端数が分かり、ユダヤ暦の483年 = 太陽暦では476年と24.7日となる。

つまり太陽暦で見た場合、「476年と24.7日(四捨五入して25日)」が「69週」となるわけです。


居眠りしている羊(右向き)眠れる羊くん
スヤスヤスヤ👼……ZZZ💤……ムニャムニャ。


聖書を信じる羊(左向き)K
(゚д゚)ハッ‼ 💦
ね、眠れる羊くんが……すでに撃沈している……💧



Sir Robert Anderson氏の説によれば、”エルサレムの城壁の再建命令が出された、BC445年のニサンの月” を起点とし、

上記の計算で出された476年と25日をカウントすると…… 、

 

「油注がれた君の到来」は、AD32年のニサンの月(春)となるそうです。




彼の解釈によれば、この時期は、”預言されていたメシアであると考えられているイェシュア” がエルサレムに上り、民衆から「ホサナ」と歓喜を持って迎えられた頃だとしています。 


聖書を信じる羊(右向き)K
ここでは、さきほどの説とは別の起点が採用されていたり、磔刑の年をAD32年とする説が取られているね。


居眠りしている羊(左向き)眠れる羊くん
だけど、それでもイェシュアさんが生きていた時代と
ピッタリ符号するんだね。スゴイ……💧



まとめ


居眠りしている羊(右向き)眠れる羊くん
今日の内容を、まとめてみたよ。


  • ダニエルはBC6世紀ごろ活躍した、バビロン捕囚期の預言者。

  • 聖書預言では「1日=1年」と換算することから、メシアが誕生するまでの「69週」=「483年」と解釈する。

  • BC457年の再建命令を起点とした場合、483年後のAD26年が、メシアの誕生年となる。これはちょうど、イェシュアが洗礼を受け、「メシア」としての活動を開始した年だと考えられている。

  • 70週の「残された最後の1週」は、終末期に成就すると考えられる。

  • 終末に台頭する「独裁者」と「多くの国々」、あるいは「イスラエルの民」との間で条約が結ばれる時、最後の1週(7年間)が再び動きはじめる。



いかがだったでしょうか?


今回は、メシアの誕生時期について預言された「ダニエル書 70週の預言」について見てきました。

この「メシア預言」は、当のユダヤ人たちがメシアの到来を未だに待ち望んでいる中、私たちクリスチャンが「いや、メシアはもうすでに預言どおり来ていたんだ」と主張する、大きな根拠の1つでもあります。


みなさんは、このダニエル書の預言を、どう解釈されるでしょうか?

とは言え実のところ、イェシュアが聖書に預言されていた本物のメシアかどうか判断するところまで、まだ私たちは至っていません。


なぜなら今回の記事は、いま私たちが旅している「広大なメシア預言の森」の、まだ中間に当たる地点にすぎないからです。


これから私たちは、さらに奥地へと進んでゆくことになります。


どうぞ、このさきも私たちからハグレることのないよう、がんばって付いてきてくださいね。


長い記事を最後まで読んでくださり、ありがとうございました。



居眠りしている羊(右向き)眠れる羊くん
~ 聖書は信じるに値するか? No.10 ~
『ラビたちを困惑させるメシア預言【イザヤ53章】』へのリンクは下だよ~。


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イザヤ書53章の預言を彷彿とさせる、3本の釘とイバラの冠。



居眠りしている羊(右向き)眠れる羊くん
あ、そうそう。
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これまでの「真理探究の記事 一覧」のページに行けるらしいよ。

メシア到来を告げる、ダニエル書の70週の預言を彷彿とさせる砂時計。
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『私は良い羊飼いです。私は自分の羊たちを知っており、私の羊たちにも知られています。――また私には、この囲いに属していない他の羊たちもいます。私は、彼らも連れて来なければなりません。彼らは私の声に耳を傾けるでしょう。こうして一つの群れ、一人の羊飼いとなるでしょう』                 John 10:14.16(K.J.V + Nagai)


『あなたがたは、迷い出た羊のようでしたが、今や、羊飼いであり、あなたがたの魂の監督者である方のもとへと帰ってきたのです』
                1 Peter 2:25(K.J.V)

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